ヒグマダーク 第1話

 家に帰ったらヒグマがいたので、僕は飲み会の席での発言を後悔した。「熊とかそんな怖くないっしょ、絶対鮫のが怖いし強いよマジで」という発言である。友人が「世界で一番恐ろしい動物は何だ?」ってくだらない話題を出してきたから、僕は鮫を主張した。小さい頃に観た「ジョーズ」の衝撃が今の今まで忘れられなかったのだ。

 しかし、こうして間近で見るヒグマは暴力の権化に見えた。鮫なんか比にならない。僕なんか、一瞬で食いちぎられそうな大きな口。けれど、その口は僕を食い殺す代わりに、こう言った。

「横須賀。元気だったか」

「その声は、まさか蜂村先輩ではないか?」

「その通り、俺は蜂村花太郎だよ」

 ヒグマは人間の声で、冷静にそう言った。

「本当に先輩なんですか」

「そうだよ。蘇ったんだ」

 獣臭い息を吐きながら、目の前のヒグマが言う。外見はヒグマに他ならないのに、な何故か僕には確信があった。

 これは、蜂村先輩だ。

 彼は所属しているフリーペーパーサークルの先輩で、良い人だった。誰に聞いても良い人だと言われる、真っ当なキラキラ愛されボーイである。それなのに、三ヶ月前に蜂村先輩は死んだ。葬式には沢山の人がやってきて、その死は盛大に悼まれた。葬式で泣いてくれる人がいるというのは、愛される人生を送ってきた人間へのご褒美だ。蜂村先輩は良い人生を送った。

 しかし、その死に様はあまり良いものじゃない。

 蜂村先輩は事故で死んだ。それも凄惨な事故だ。蜂村先輩は二十一歳の誕生日に、大学で、大きなプレゼントボックスの中に閉じこめられそのまま焼き殺されてしまったのである。悪意があったわけじゃない。蜂村先輩の誕生日を祝うサプライズの為に準備を進めていたサークルの後輩や同級生によっての不幸な事故だった。たまたま先輩はプレゼントボックスの中に閉じこめられ、たまたま火で燃やされたのである。警察が来て、サプライズを首謀し、ちょっとしたミスを犯した五人は全員調べられたが、疑う余地はなかった。皆の善意が愛される先輩を殺したという、全く嫌な事件だった。

「俺は殺されたんだ」

「……まさか、それで蘇ってきたんですか。疑ってる? でも、皆は本当に先輩を好きだったんですよ」

「知ってるし、焼かれた今も信じたい。でも俺は蘇ってしまった。未練があるのかもしれない。俺は真実が知りたい、そう思ってたらいつの間にかこの姿でここにいたんだ。協力してくれないか」

「何で僕が……」

「だってお前だけはこのサプライズに参加してなかっただろ」

 先輩が言う。

「横須賀。お前だけは、俺のこと嫌いだっただろ」

 ヒグマになった先輩からは、表情が少しも読みとれなかった。