ヒグマダーク 最終話

 蜂村先輩に洗いざらい話すべきことを話した。蜂村先輩は全てを聞いても、表情が少しも変わらなかった。ヒグマなんだから当たり前だ。

「お前の言うことは全て本当なんだろうな」

「信じてもらえるかわかりませんけど」

「信じるよ」

 嬉しいのか嬉しくないのかよくわからなかった。蜂村先輩が僕を選んだのは、僕が誰からも愛される先輩のことを嫌いだったからだ。皆から愛されている蜂村先輩の事故を、僕だけが穿った目で見ていたからだ。そんな先輩に信頼されているなんて言われても、どうしていいのかよくわからない。

「誰が悪いと思いますか。全員に殺意はなかった。ただ、少しだけの悪意が」

「わかってる」

 ヒグマになった蜂村先輩は、しばらく黙ってから、ぽつりと「ありがとう」と言った。

「明日は大学に来るなよ」

「はい」

 それがどういう意味かは聞かなかった。聞く必要もない。

「ドアを開けてくれ」

 蜂村先輩は、礼儀正しく玄関から出て行くつもりのようだった。この家から大学までは徒歩で十五分もない。きっと誰にも見つからずに到着するだろう。

 ヒグマになってしまった先輩は、玄関を通り抜けるのさえ一苦労だった。こういう映画が昔あったよな、とぼんやり思う。太りすぎた母親の死体を玄関から運び出せず、主人公は結局家ごと死体を燃やしてしまうのだ。蜂村先輩が入っていたあの箱のように。

 蜂村先輩はそのまま、何も言わずに僕の家から出ていってしまった。無言で歩くその姿は、もう蜂村先輩ではなく単なるヒグマに見えた。人間であった時の蜂村先輩ともう少し話をしておけばよかったな、と今更思う。全ての物事は失われたその時に価値を手に入れるから、彼が焼き殺されなければ、僕はきっとそんなことは思わなかったに違いない。ただ、皆から沢山愛され、少しだけ憎まれていた蜂村先輩。

 

 翌朝の出来事は新聞で読んだ。大学構内に突如現れたヒグマが、大学生三人を殺し、六人を傷つけ、その後駆けつけた警官隊により射殺されたのだという。どうしてこんなところにヒグマが? という珍妙さもさることながら、わかりやすい血生臭さが話題をかっさらった。蜂村先輩が焼き殺された事件なんか比べものにならないくらい、ネットにも出回ったそうだ。

 殺された大学生の名前はこれから公表されるそうだけれど、僕はメディアが発達したこの世界で、なるべく彼らの名前を見ないように勤める。知らなくていいことは知らないままでいたい。暗いところに置き去りに出来るものは。(完)