第1回

ポケモンと歩く世界はいつも晴れている。

 

経済学部 経営学科 教授 新井範子 

 

 未だに毎日、「ポケモンGO」をやっている。7月のリリース初日からずっと続けているのだが、9月下旬のゼミ合宿の時にゼミ生たちにきいたら、みんな「最初はやってたけど、もうアプリも削除しちゃいました」という返事で、結局、私しかやっていなかった。今は、駅や公園で「ポケモンGO」をやっている人を見かけなくなったが、たまに見かけると、オジサンだったりで、年齢層高めなカンジもしており、「ポケモンGO」を継続している人の特性に関しては、別途、考察しなくてはと思ってもいる。

 

 さて、今更だが、「ポケモンGO」は、スマートフォンの位置情報機能を利用したゲームアプリである。私が今いる場所が、スマートフォン上で表示され、私が動くと、「私」のアバター(これが現実の私とは申し訳ないほど違う素敵さ(^_^;))も歩き、現実世界がスマートフォン上の世界として構築され、その世界でポケモンと出会う。このARAugmented Reality:拡張現実)という技術は、現実の世界に新たな情報を付加(現実の世界を拡張して)した世界を作りだしてくれる。ポケモンGOはそれに位置情報を加えて現実世界を拡張してくれる。

 

 位置情報を使ったアプリは、決して新しい傾向ではない。位置情報を使ったゲーム(いわゆる位置ゲー)は10年以上前から登場しているし、本格的にマーケティングに活用されたアプリとして代表的なものはFoursquare[i]であろう。Foursquareは、お店や公園などにいって「チェックイン!」すれば、そこでお気に入りのお店が登録できたり、クーポンを獲得できたりする。「ポケモンGO」同様にアメリカ発のアプリであり、アメリカではそうそうたる大企業がプロモーションに利用していたことから、これは新たなプロモーションのプラットフォームとして広がると思いこみ、本まで書いてしまった。Foursquareは、チェックインした場所の種類や数に応じて、独自の「バッチ」がたまっていくというシステムで、さらなる使用を促す。このバッチ、日本人の私からするとあまり可愛くないし(アメリカ人には素敵なのだろうか?)、どういうシステムでバッチがもらえるのかもわからず、バッチをもらっても、さほどうれしくなかった。ところが、「ポケモンGO」では、ポケモンが増えたり、レベルアップするととてもうれしくて、Foursquareもバッチでこのうれしさを生み出したかったのだろうな、と今更思うのだけど、これは、ポケモンというなじみのキャラクターを使っているからこそ、生じてくる感情だろう。その点を考えても、Foursquareの限界は見えていたな、と今は思う。

 

 「ポケモンGO」の成功要因は、ARと位置情報をうまく組み合わせた技術的な点は大きいが、最も大きなポイントは、テレビでみた、もしくはゲームでやった、あのポケモントレーナーに自分がなれるというところだ。何をもってポケモンマスターというのか知らないが、続けていればそのうちに「憧れの」ポケモンマスターになれるかもしれない。 テレビのアニメでサト[ii]シがピカチュー[iii]を連れて旅し、ポケモンをGETするのをみていたが、それを今、自分がやっているというアニメの世界を自分が体験できる追体験感が一番の要因だと思っている。サトシが旅をしながら、いろいろなポケモンと出会っていたように、私もガーチャン(私の相棒ポケモン、ガーディー[iv])と一緒に歩きまわりながら、いろいろなポケモンと出会う。出来ればかっこいいレアなポケモンが欲しいから、ひたすら歩きまわって、ポケモンをGETし、進化させる。ジムではバトルも繰り広げ、経験値をひたすら上げる。

 

 確かに、私のスマホの中にいるポケモンは単にデジタルなデータであって、リアルではない。それなのに、なぜ、そんなものがほしいのか?バカみたいだ、という意見もわかる。コイキング[v]をひたすら集めて、ギャラドス[vi]に進化することが出来ても、私の生活は何も変わらない。それでも、私はかっこよくて強いポケモンが欲しい。それって、小さな男の子がカブトムシが欲しいのと同じだろうし、また、もっと話を広げてしまえば、きれいな女の子たちが、素敵なバッグを欲しいのと同じだと思う。カブトムシやバッグは形あるものだけど、ゲームの中のものは、形がない、と言われれば確かにそうだ。ポケモンは触ることはできないし、「私」とは別の存在だけど、拡張された現実の中で生きていて、私(疑似私)を待っていてくれる。カタチがあるものがカタチのないものよりも、上位の存在なのか、ということは今や一概には言えないだろう。人それぞれのプライオリティの問題だ。リアル(現実)が本当の社会で、ARが作り出したリアル(拡張現実)はそれに劣るものなのか?ということは、一概には言えない気がする。現に、「ポケモンGO」は私のくたびれた通勤時間を楽しい時間に変えてくれているし、出不精な私を散歩に連れ出してくれる。

 

 位置情報をマーケティングに活用するという意味でも、「ポケモンGO」は画期的な存在だと思う。それは、位置情報アプリの使い方をわかりやすいかたちで広めることに成功したからだ。新たな技術がキャズム[vii]を超えるのは困難だが、「ポケモンGO」というかたちで、位置情報アプリはキャズムを超え、一般に受け入れられた。これからは、位置情報がマーケティングにおいて活用されていく際の位置情報への抵抗感を少なくし、活用をイメージしやすいものにしたのだ。きっと数年のうちに、ARで拡張された世界の中にもショップが出来て、私たちはそこで、リアルなものを買うことが出来るようになるだろう。そうなると、リアルと現実にどんな区別が必要になるのだろうか?さて、さて、研究しなくてはならないことは多い。

 

 さて、そろそろガーチャン。今日も行こうか。画面をタッチするとしっぽを振ってくれるガーチャンと一緒に、散歩に出かける。画面の「私」は、ガーチャンを連れて、近所の角を曲がる。ポッポ[viii]がいたので、とりあえずモンスターボールを投げる。そんなことを繰り返していると、時々、リアルな散歩中のワンちゃんにもモンスターボールを投げたくなって、一人で失笑する。現実とスマホの世界が混同しはじめている。

 

 ガーチャンはいつもしっぽを振りながら、もう100キロ以上、私と一緒に歩いてくれている。次の角を曲がるとどんなポケモンが待っているのだろうか?このセレンディピティ[ix](偶然の出会い)も、プランドハプンタンス(計画された偶然性)[x]も、今は経営分野での重要なキーワードで、「ポケモンGO」はそれらをオペレーションしてくれる。ガーチャンを連れた「疑似(アバ)(ター)」は、今日も颯爽と歩く。この世界には夜は訪れても、雨は降らない。

 

 


[i] Foursquare 位置情報を使ったSNSの一つ。

[ii] サトシ アニメ「ポケットモンスター」の主人公。小学生くらいに見えるのにポケモンを連れて旅をするポケモントレーナー。

[iii] ピカチュウ 代表的なポケモン。「ポケモン」は「ピカチュウ」のことだと思っているオジサンも多い。

[iv] ガーディ こいぬポケモン

[v] コイキング さかなポケモン

[vi] ギャラドス コイキングの進化形のポケモン ポケモンGOではコイキングのあめを400個集めなければ、ギャラドスに進化させることが出来ないという苦行がある。

[vii] キャズム 新製品や技術を市場に浸透させていく際に一般的な市場への移行を阻害する深い溝

[viii] ポッポ ことりポケモン

[ix] セレンディピティ 偶然の出会い 予期せぬ発見

[x] プランドハプンタンス スタンフォード大学のクルンボルツ教授らが提唱したキャリアに関する理論で、自分のキャリアの8割が予期しない出来事や偶然の出会いによって決定されるが、ただ、それを待っているだけでなく、自ら積極的に行動をし、チャンスをつかんでキャリアアップにつなげるという考え方。