第3回

応援! \(*)/

 

経済学部 経営学科 教授 新井範子

 

 今、気になっている言葉は「応援」だ。去年はオリンピックイヤーでもあり、テレビに向かって応援した人も多いだろう。また、夏フェスやコンサートで歓声をあげた人もいるだろう。

応援する。普通に使っている言葉であり、あえて定義をするのは、難しい。「応援してます」ということは、何らかの行動をするということではなくて、「祈る」「賛成する」「力になる」「励ます」など、実際の行動を伴う、伴わないに関係なく、その人(やモノや場所など)に対して、ポジティブに心を動かすし、「何かしてあげたい」と思うことすべてが「応援」であろう。

私が専門とするマーケティングは、お客と企業の関係維持、そしてコミュニティを作って顧客との共創を戦略の軸にすえる方向へと動いてきているが、これからは、企業が「応援」されることが、お客との関係において重要になってくると私は考えている。

 応援。私自身もだれかを応援するのが好きだ。ウチワをもって、ペンライトを振ってアイドルのコンサートに応援に行く。サッカーや野球のスタジアムで大きな声を出す。しかし、いまや、応援のスタイルはそれだけではない。新たな応援スタイルは続々と登場している。アニメ映画をみながら、スクリーンの中の登場人物を声を出して応援する「応援上映」や、被災地支援の「応援消費」、AKBの選挙やSMAP解散騒動の時にファンたちがCDを買ったように、消費という行為を通じて思いを伝えるなど、さまざまな応援の仕方が登場してきた。共通して言えるのは、その対象に対して「深い思い入れ」があり、その結果、必要とか不必要という次元を超えて、なくても生活は何も困らないという意味において「不必要」な関連したグッズ(コンサートのグッズや写真など)を買ったり、「聖地巡礼」という言葉で表現されるように、関連した場所を訪れたりと、消費したい気持ちが広がるという特徴がある。

 また、応援という行動が面白いと思うのは、応援したい対象が、尊敬できたり、素晴らしく美しかったたりと崇拝的なものだけではなく、「頼りないから応援してあげなくちゃ」とか「私が応援しないと誰も応援しないから」といったように、対象のダメな部分が応援を促すということだ。AKBの投票にしても、テレビで高校野球をみているときの応援にしても、、圧倒的な存在を持つスターではなく、「私が応援しないと!」という気持ちを持たせるちょっとダメな存在だったり、つっこみどころがある相手を応援したしたくなる、というのも、応援という行動の面白さだと思う。また、歌舞伎でみられる「よ!〇〇屋!」という「大向こう」のように、伝統的な芸となっている応援もある。応援は奥深い。

 私自身が、オタク気質で、絶えず何かを応援し続けていないと生活しているカンジがしないからかもしれないが、応援することで、人はポジティブに消費をし、結果としてポジティブに経済を動かしていくような気がする。「ふるさと納税」の本来的な目的はそこにあったのだろうし、また、クールジャパン戦略にもとづいてのインバウンド消費の拡大なども同様なメカニズムだと思う。さらに、応援するというのは、気持ちの動きとともに、何らかの行動を引き起こすという点において、その対象とのつながりを強くするので、マーケティングに多いに活用できると思うのだ。

 そして、応援するということは、自分にとってもパワーになる。誰かを応援することで、応援している自分も前向きな気持ちになれるし、「私も頑張らなくちゃ」という気持ちにもなる。

 「頑張れ~」と声をあげる。手やペンライトを振る。その動きは、相手には伝わっていないだろう。でも、そんなことは関係ない。ただ純粋に応援したいから応援をする。頑張れ!頑張れ!その純粋な気持ちが、実はビジネスや経営の基本の中の基本なのではないかと思う。頑張れ!