第1回

アメリカまさかの極右政権の誕生

 

 

こんにちは。上智大学外国語学部英語学科の出口真紀子です。今回初めて上智新聞の教員オンラインブログに投稿させていただきます。この初投稿のテーマに、共和党候補ドナルド・トランプ氏のアメリカ大統領選の当選について書くことになろうとは。全く予想もしなかった展開になりました。

 

アメリカに30年近く暮らしていた私は、選挙権こそないが、民主党をずっと支持してきた。今回も民主党候補ヒラリー・クリントン氏の当選を信じて疑わず、授業でも「トランプが大統領になったらどれほど恐ろしいか。その可能性については考えたくもない」と語っていたくらいだ。ただ、アメリカのリベラル派映画監督のマイケル・ムーア氏が「トランプは絶対に勝つ。世論調査を信じるな」と半年前から宣言していたため、ひょっとしてと不安がよぎる瞬間がなかったわけではない。それでも、米紙ニューヨークタイムズが「クリントンの勝利の確率は84%である」という報道を信じ、まさかのトランプ勝利でひどく落胆する結果となった。

 

今回、偶然にも出張のため、選挙の翌朝にアメリカ本土に到着し、多くのヒラリー支持派のアメリカ人と話す機会があった。彼らとはお互いハグしながら泣いたり、励まし合ったりして、共にショック、落胆、怒り、悲しみ、悔しさ、恐怖、不安などの感情を分かち合った。学会の基調講演者たちも涙ながらに憤りや不安を訴え、聴衆も一緒に涙するなど抑えきれない感情が表出される数々の場面に遭遇した。この動揺ぶりは、2000年の大統領選でゴア氏がブッシュ氏に敗れたときの比ではない。

 

私自身、日本人であるがゆえに人種的マイノリティとしてアメリカ社会を生きてきた人間だ。アメリカの学校では心無い差別発言にも傷つけられた。それでも、アメリカは良き方向に向かっている、と信じていたし、アメリカの大学で教鞭をとっていたときも反人種主義教育に携わってきた。トランプ氏の白人至上主義のイデオロギーは、自分のような人種的マイノリティだけでなく、女性、同性愛者、移民、障がい者などの弱者の排除を意味していることも肌身に感じ、危惧している。そのため今回のリベラル派のアメリカ人の反応や、全米の都市で起きているトランプ当選に抗議するデモや集会には心情的に深く共感できる。

 

では、なぜこれだけ多くのアメリカ国民がトランプ氏に投票したのだろうか。すでに様々な分析がなされ、これからも新たな視点が紹介されるだろうが、私はトランプ当選の理由には次の3つの要素があるように感じている。

 

1.公平さに欠ける報道とミソジニー(女性蔑視)

2.根強い人種主義とサイレント・マジョリティ

3.民主党の過ち:労働階級からの乖離

 

報道については、ドナルド・トランプ氏が根拠のない、事実に裏付けのない発言をしても無条件に取り上げたメディアが公平だったとは到底思えない。センセーショナルな言動を、長年培った経験をもとに発せられた発言よりも多く報道したメディアの責任は重い。またこうした報道の背景には報じる側に根深いミソジニー(女性蔑視)が根底にあったと考える。白人男性であることで女性に比べてより緩い基準で判断するダブルスタンダード(二重基準)は今後の反省につなげるべき課題だろう。

 

トランプ氏の「メキシコ人はレイピストや殺人者だ」「ムスリム教徒はアメリカから追い出す」といったマイノリティの人々の尊厳を傷つけ、恐怖を抱かせた言動に対し、確かに多くの白人が立ち上がってはいたが、彼らは数的には少数派だった。白人のサイレント・マジョリティはそうした排外的な言動に対して沈黙し、傍観した。こうした「白人のアメリカを取り戻す」ことを掲げる白人の根強いレイシズム(人種差別主義)の存在が表面化し、今回の選挙結果につながった。

 

最後に、バーニー・サンダーズ氏を民主党候補として立てなかった民主党の責任は重い。サンダーズ氏は、同じ民主党の中でも労働階級や弱者を支持し、労働階級を見捨てて特権層側についた民主党政権を一貫して批判し続けてきた。もしサンダーズ氏を民主党候補に立てる勇気が民主党にあったならば、違った結果になっていたのでは、と想像せずにはいられない。今回の敗北は民主党が国民の声を吸い上げることができなかった事実を突きつけられた結果でもあり、今後の反省材料とするべきだろう。

 

日本の大学で教鞭をとっている者として、私は、これを決してアメリカ社会だけの問題としてはとらえてない。つまり、「アメリカのレイシズムは根深いね」などと他人事のように評する人がいれば、それは待ってほしいと言いたい。日本でも、ここ数年、右傾化する安倍政権に煽られるように、在日コリアンや他のマイノリティへのヘイト・スピーチが急増しており、ネット上でも増えている。アメリカのレイシズムはアメリカ特有のものではなく、世界全体の右翼化の傾向を示している。ヘイトや排外的感情にもとづいた社会は、マイノリティにとって生きづらい社会であるだけでなく、マジョリティ側にいる日本人の尊厳をも実際は傷つけている。ヘイトを理由に生きることは心身ともに健全さを損なうものであり、日本人への信頼も失われることになることを忘れてはならない。現在、「立場の心理学:マジョリティの特権を考える」という授業を教えているが、上智大学の学生のみなさんには、アメリカと同じ道を歩まないために、マジョリティの特権を有する人たちが自分たちの特権に自覚的になり、歴史を踏まえ、弱者に対する想像力と共感力を持ち続けてほしい。