第2回

ある日突然男性に「生理」がやってきたら

 

外国語学部 英語学科 准教授 出口真紀子

 

私がちょうどみなさんと同じ大学生だったころ、「ジェンダーの社会的構築」という社会学の授業で「もし男性に月経があったら」というタイトルのエッセイを読んだことがあります。グロリア・スタイナムというアメリカ人女性が1978年に書いたもので、私に新しい視点をくれた貴重なエッセイとなったので、ここで紹介します。

 

このエッセイは、ある日を境に男性に生理が訪れ、女性には生理がこなくなる、となった場合、社会の何が変わるだろうかと想像を巡らせて書いたものです。スタイナムはユーモアをたっぷり交えながら、こんなことが起きるのではないか、あんなことが起きるのではないかと例をたくさん挙げたので、ここでいくつか紹介したいと思います。

 

もし男性に月経があったら、 

  月経は価値のある男らしい出来事となり、月経はうらやましがられ自慢できるものに変わるだろう。

●  初潮を迎えた男の子は、人生の最重要な節目として派手に祝ってもらうだろう。

  生殖能力を現す指標として、男性は生理の期間や出血の量を競い合い、自慢し合うだろう。

●  「国立月経研究所」が設立され、毎月の不快な症状を改善するために国が予算を投じ、国をあげて医者や研究者が研究に着手するであろう。

●  政府は生理ナプキンを無料で男性に支給するだろう。

  男性は毎月、自ら血を流し犠牲を払っているのだから、そのような犠牲を払っていない女性に対して「だから女は劣っている」という論調で攻めてくるだろう。

  月や宇宙のサイクルと調和したメカニズムを体内に持っていない女性は、科学の分野に向いていない、などの職業差別が生まれるだろう。

  「血を見慣れていない女性は医学部に入ったら気絶するかもしれない」ことを理由に、医学部への入学を制限すべきだ、などの差別が生まれるだろう。

  裁判では、男性が月経中に精神不安定になったことを理由に、刑が軽くされるだろう。

 

以上は極論かもしれません。ただ、女性の生理は、日本社会では「けがれ」とも呼ばれ、女性自身にとってもマイナスなものとして受け止められてきたのに対し、男性に生理があれば、なるほど、こんなにもプラスへと変わり得るものなのかなぁ、と当時二十歳だった私には少なくともいくつかは十分にあり得る範囲内の話として説得力を持って伝わってきたのです。私が男性でしたら、受け止め方は違ったかもしれませんが、生理の経験のある女性としてはとても共感できたのです。

 

上記はアメリカ社会を想定して書かれたエッセイでしたので、今度は、日本社会に置き換えて考えてみたいテーマがあります。それは、痴漢被害についてです。上智大学の「立場の心理学」(履修者150名~170名)という授業でアンケート調査を実施した結果、春学期・秋学期とも女子学生の4割近くが痴漢被害を経験していました。さらに上智大学へ通学中に痴漢被害にあっている女性は1割もいたことがわかったのです。痴漢被害について警視庁は「痴漢は犯罪です」や「痴漢を絶対に許さない!」などのスローガンを掲げていますが、ここ何十年、実態は改善されていない現実があります。

 

では、スタイナムが試みたことと同じように、男性と女性の立場を入れ替えて考えてみたいと思います。つまり、日本の男性の4割が女性による痴漢被害を受けている、という社会の場合、社会の何が変わるでしょうか、という問いかけです。女性が男性に痴漢をし続け、男性が泣き寝入りする社会という風に性別を逆転させたところで何が変わるでしょうか。以下は、私自身がスタイナムを真似て想像してみたものです。

 

男性の4割が女性に痴漢被害を受けたことがある、という社会だとしたら、 

  「国立痴漢被害研究所」が設立され、国をあげて痴漢を撲滅するための予算を投入し、男性被害者の数を減らすべくプロジェクトが多数立ち上がるだろう。

  痴漢被害がある度に、マスコミは新聞に大きく取り上げ、重要な社会的問題であるという認識が社会で共有されるだろう。

  痴漢加害者予備群の女性を対象に痴漢はなぜしてはいけないのかの教育を小・中・高・大の全教育段階で教育を徹底するだろう。

  痴漢加害者予備軍への教育を担う講師研修のための予算を投資するだろう。

  男性専用車両は1車両だけでなく、数車両は用意されるだろう。

  「暗い夜道を一人で歩かないように!」「露出度の高い洋服は着ないように」など男性の行動を制限することを推奨するような痴漢防止キャンペーンは行われないだろう。

  男性が痴漢を訴えやすいような配慮のある手続きや取り調べが行われるだろう。

  「女性は冤罪の被害者である」なんて言おうものならすぐにマスコミからたたかれるだろう。

  『それでもアタシはやっていない』という映画制作は日の目を見ないだろう(仮に制作されたとしてもあれだけ注目を集めたヒット映画にはならないだろう)。

  『痴漢冤罪』ばかりに重きを置いたテレビ番組は放送されないだろう。

  痴漢被害者を守るための取り組みやアイディアがたくさん寄せられ、実際に予算がついて実行されるだろう。

  男性には痴漢防止ブザーが無料で支給されるだろう。

 

男性の4割が女性によって痴漢被害に遭っていたら、日本社会は痴漢行為を撲滅するためにもっと国をあげてさまざまな取り組みを実行してくれるのではないかと、いろいろと書きながら自分でも改めて思いました。そして、国をあげてここまで真剣に取り組めば、痴漢問題なんて案外簡単に解決できるのではないだろうか、と希望も見えてきたように感じたのです。

 

学生に「痴漢行為をなくすためにどうすればいいと思いますか?」と授業で聞いてみました。「防犯カメラを設置する」とか「思いつきません」という回答が多く、加害者の多くが男性であるにも関わらず、男性への教育を徹底するという発想はほとんど出てきませんでした。でも、こうして男女をひっくり返すことで、「男性の4割が痴漢被害を受けつづけたら、黙っちゃいないだろう」という思いで考えると、いろんな解決策が頭の中に次々に浮かんできたのです。これは私にとっても大きな発見でした。

 

最後に、伝えたかったのは、強者側(この場合、男性)の集団にいかに都合よく、有利に働く社会になっているか、ということについて、私たち女性も男性も、批判的にみる目を養ってほしいということです。社会規範を決められるのも、強者側の持つ特権です。たまには、このように男女を逆転して考えること、思考を深める良いトレーニングになるのかもしれないと思いました。