第3回

「逃げ恥」とシャドウワーク

 

外国語学部 英語学科 准教授 出口真紀子

 

201610月から放映されたTBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(「逃げ恥」)についてフェイスブックの仲間が盛り上がっていたので、オンデマンドで一気に観ることにした。なるほど、確かにエンターテインメントとしてよく出来ていて面白い。しかも、「立場の心理学」という授業を教える者としてときめく、社会学的な概念が満載だった点も魅力的だった。原作は講談社の月刊 「Kiss」連載の海野つなみの漫画で、2015年に第39回講談社漫画賞を少女部門で受賞している。ドラマも最終回の視聴率が20.8%という人気だった。

「逃げ恥」については「なんでこんな人工知能みたいな男の人に、こんなにほれるのかわからない」(田嶋陽子元参議院議員)といった辛口な批評もあったが(笑)、あらすじを簡単に紹介すると、人間関係に億劫なITエンジニアで津崎平匡と、派遣切りに遭い、家事代行サービスのアルバイトを始めた森山みくりとの偽装結婚で始まる恋愛ドラマである。みくりは平匡の自宅に週1回家事をしに行くようになり、平匡に「就職としての結婚」を持ちかける。専業主婦の家事労働は内閣府の計算によると年収304.1万円となり、平匡もメリットを感じ、その金額で合意。みくりもフルタイム勤務に成功したことで大喜び。二人は「雇用主と従業員」という関係の契約結婚をスタートし、少しずつ惹かれあっていくという設定である。

教育者として「授業に使える!」と喜んだ第一の点は「ステレオタイプ」について取り上げていることだ。ステレオタイプとは、理解したい対象にあてはめて考える典型的で固定化されたイメージのことを指す。私たちは「周囲の人が皆そう言っているから」と深く考えずに無批判のまま人をとらえる傾向がある。「逃げ恥」の中では、みくりの叔母の土屋百合の部下の「隠れ帰国子女」の女性が「英語はできても日本語ができないことについて、帰国子女であることをいいわけにする」というステレオタイプを意識していたため、自分が帰国子女であることをなかなかカミングアウトできず、上司に仕事ができない部下と思われていた。また、平匡は「ゲイはイケメンとみたら誰彼かまわず襲いかかる」、「ゲイは男性の目線と女性の目線をあわせもつ」といった偏見を持っていたが、同僚の風見が「それはゲイだからではなく、××さんだからだと思う」と、ステレオタイプ的に見ていた平匡の考え方をやさしく諭す場面もあった。風見は風見でイケメンということで「イケメン=遊び人」というステレオタイプに苦しめられている。一方、土屋百合は、高齢独身である女性にとって加齢は不幸でしかない、というとらえ方を若い女性にされている。このドラマではステレオタイプ的な見方について考えさせられる場面がところどころに巧みに用意されているのである。

教育者としてうれしい第二の点は、「搾取」という言葉が恋愛ドラマに何度も登場することだ。友人の大学教員が「今の若い人が一気に『搾取』って言葉を覚えたよね、これは教育のチャンスだと思う」と話していたが、搾取とは、権力のある側が権力のない側の労働に対し、労働に見合った支払いをせずに利益を自分のものにする、と定義される。みくりが無償のボランティアの仕事を頼まれたとき、「いいですか、皆さん。人の善意につけこんで労働力をタダで使おうとする、それは善意の搾取です!」と説教をするシーンがある。また、平匡がリストラに遭い、みくりにプロポーズするときも、今までの年収を払う代わりに二人の貯蓄に回せる、と話した時、みくりは、「結婚をすれば私をタダで使えるから合理的……そう言うことですか?」と聞き、「私、森山みくりは愛情の搾取に断固反対します」と怒るのである。社会学者のイヴァン・イリイチは、専業主婦の家事労働など報酬を受けない仕事のことを「シャドウワーク」と命名したが、このシャドウワークをトレンディな形で若い人たちに紹介したことがドラマのすごさでもある。

 最後に、結婚というものを「夫と妻は共同経営者同士」ととらえたことも新鮮であった。最初、みくりと平匡の関係は、雇用者と従業員として定義されており、二人は以下の会話の通り、こうした関係性の限界を感じるようになる。

 

平匡:「でも愛情は数値化できません」

みくり:「そうなんです!極めて不安定な要素なんです。雇用主の気まぐれていつでもゼロになり得る」

平匡:「その場合、最低賃金労働が続くという訳ですね」

みくり:「はい。労働時間の上限もないんです。下手をしたらブラック企業になりかねません。従業員としてこの労働環境でやっていけるのどうか不安があります」

 

平匡は真剣に考えた末、「夫が雇用主で妻が従業員、そこからして間違っているのでは。主婦も家庭を支える立派な職業になる、そう考えれば、夫も妻も共同経営責任者」という新しい関係性を提案する。そして最終回は二人が互いにCEOとして「経営責任者会議」を3回も行う中で細かい交渉を始めるのである(そうじが行き届いていないことへの不満、食事を作ることの大変さなど)。このめんどうな交渉について、高山真のブログでは、「それにしても本当に面白いドラマでした。ラブコメドラマ(要するに『ハッピーエンドで終わらせることが至上命題』のドラマ)の最終回で、これほどまでに『めんどくさい』『面倒』という単語が出てきたドラマは、いままでになかったと思います」と書かれている。確かに「愛し合っているなら、すべてハッピー!」という終わり方ではないのは新鮮である。

こうした内容を早速授業で紹介してみたところ、学生はやはり、恋愛ものとしてのみとらえている人が多かったようだ。「家事も立派な職業という考え方はしたことがなかったため、大変面白いと思いました」「逃げ恥は観ていたのですが授業でやっていたような見方はしていなかったので面白かったです。シャドウワークの概念を初めて知りました。もう一度ドラマを見返そうと思いました」

そこで、学生には以下の二つの質問をしてみた。

Q1   仮に結婚したとして(異性愛・同性愛も!)、一人が働いていて、一人は専業主婦・主夫、の場合、お小遣いの割合は同額ですか? 働いている人の方が多い? そのあたりは今の時点でどうすると思いますか?

Q2.  専業主婦の1年間の労働を年収に替えると304.1万円という数字がドラマで上がりました。これは妥当だと思いますか? その理由

 

 

その結果を以下のようにまとめると男女の差は極めて少ないのが印象深かった。

 

 

 つい先日、私の友人の弟夫婦が離婚したという話を聞いた。そのご夫婦には子供が二人いたが、彼が子供を引き取り、奥さんが出ていく形となった。ところが、その奥さんが慰謝料を請求してきた、という話だった。それを聞いたとき、とっさに思ったのは、「専業主婦だった上、子供も放棄しておいて今更お金がほしいなんて筋違いじゃない?」。でもこのドラマについて授業までした手前、考え直してみた。「専業主婦として家事・育児を無償で行った挙句、離婚され、養育権までとられてしまった女性としてはあまりにもわりに合わない」結婚ではなかったか。そう考えると初めてその女性に同情することができた。「愛が続く限り」の不安定な条件に基づいたシャドウワーク。専業主婦(夫)志望の若い人たちには高リスクを覚悟した上で人生の選択をしてほしいと願う。

 

引用:

https://www.daily.co.jp/gossip/2016/12/21/0009769016.shtml

http://www.lovepiececlub.com/culture/gourmet/2016/12/21/entry_006373.html

http://ameblo.jp/lameretlalune/entry-12230911639.html