第3回

 「選手宣誓と発音矯正」

 外国語学部ロシア語学科 准教授 秋山真一

 

 夏の高校野球の都道府県大会が佳境だ。とは言うものの、私の母校は高校野球の県大会にすら出場したことがないので(そもそも厳密な意味での母校はすでに統廃合されて存在していない)、母校を応援する機会はなく、注目選手がいればその高校の試合結果を気にするくらいである。ただ、今年の早稲田実業・清宮幸太郎選手の西東京大会開会式での選手宣誓には舌を巻いた。「私たちは野球を愛しています」という内容の方ではなく、発声の美しさに、である。

一昔前の選手宣誓と言えば、「我々ぇ~、選手ぅ~、一同はぁ~、スポーツマンシップに則りぃ~、正々ぇ~、堂々ぉ~、戦うことを誓います!」と声をからしながら叫んでいたものだ。細切れにして発声するのは、スタンドに反響する声が落ち着くのを待って次のフレーズを発声するため、と理解できるが、各フレーズの語尾を長く引いて「我々ぇ~」と発声するのは日本人および日本語の特徴でもある。

世界中の言語を分類する言語学的な手法はいくつかあるが、その中の一つに「開音節性」「閉音節性」という分類がある。当該言語の中にある種々の語が、母音で終わるのが「開音節」、子音で終わるのが「閉音節」であり、英語などは子音で終わる語が多いので「閉音節性の高い(=開音節性の低い)言語」であり、日本語は「ん」に終わる語(もしくは流行り言葉的であるが「早っ」などの促音「っ」に終わる語)を除いてすべての語が「母音」または「子音+母音」のモーラ(モーラについての詳細は割愛)で終わるので「開音節性の非常に高い(=閉音節性の非常に低い)言語」であると言える。参考までにロシア語は「開音節」の語が英語よりも多く、日本語よりは少ないという意味で、英語と日本語の中間にあるといえる。

この日本語の開音節性の高さが、「我々ぇ~」と語尾を長く引く発声を可能にしている。裏を返せば、閉音節性の高い言語では「我々ぇ~」型の発声は難しい。母音は理論上いくらでも長く引くことが可能だが、子音(特に閉鎖音と呼ばれる子音)は長く引くことができないため、無理に長く引くには直前の母音を引かざるを得ない。試しに「我々ぇ~、選手ぅ~、一同はぁ~」という従来の(開音節を保った)宣誓と、閉音節にするために最後の母音を消去した宣誓を比較すると以下のようになる。

 

開音節:「我々ぇ~、選手ぅ~、一同はぁ~」[Wareware—senshu—ichidouwa—]

閉音節:「われわ~r、せ~nsh、いちどう~w[Warewa—rse—nshichidou—w]

 

閉音節の宣誓は、およそ日本語の響きとはかけ離れた音声の羅列に聞こえてしまうはずだ。そのくらい開音節性と閉音節性は言語の聞こえ方に影響を及ぼしているということになる。

転じて、この知識が外国語教育の発音矯正で役立つことがある。一般的に外国語の発音矯正は初学者に対して行うのが効果的で、一定の学習時間を経過してしまうと発音矯正はその効果が低下するといわれている。私も授業時に発音の話は1年生の必修語学の春学期ならばうるさく言うが、2年生ともなれば矯正する機会はほとんどない。しかしながら2年生になっても、語を探しながら作文しつつ会話をする段になると途端に日本語の開音節性が邪魔をしてくる場合がある。英語が苦手な人にも見受けられる現象なので、英語とロシア語で閉音節の語が連続する文(どちらも「私の夫は…と言った」という内容)を一語一語ゆっくり発声する例を示してみる。

 

(英語)My husband said …

開音節:「まい~、はずばんどぉ~、せっどぉ~」[Mai—, husbando—, seddo—]

 閉音節:「ま~ぃ、はずば~んd、せ~d[Ma—i, husba—nd, se—d]

(ロシア語)Мой муж сказал ... (翻字:Moj muzh skazal …

開音節:「もい~、む~しゅぅ~、すかざ~るぅ~」[Moi—, mushu—, skazalu—]

閉音節:「も~ぃ、む~sh、すかざ~l[Mo—j, mu—sh, skaza—l]

 

英語を開音節で発音してしまう例は上智大学内だとあまり耳にしないかもしれないが、私が以前教鞭をとっていた大学では一定の確率で学生から聞こえてきたものだ。また、ロシア語の開音節で発音する例は、ロシア語圏に交換留学に行こうとしているような優秀な学生でさえも陥りがちなミスの例である。典型的な「カタカナ発音」「日本人発音」と呼んでしまえば簡単だが、私は授業中ならば学生を傷つけないように、「あー、〇〇さんは語末に弱母音が挿入される傾向にありますね。気を付けましょう。」と言語学用語を散りばめて指摘するようにしている。(こういう時に専門用語というのは婉曲的な伝達手段となり得るのだな、と感心してしまう。)

 

これからの季節、オープンキャンパス、推薦入試などの行事でロシア語学科の志願者と会う機会が増えるわけだが、清宮くんの言葉を借りて「私たちはロシア語を愛しています」と思ってくれている高校生にどのくらい会えるだろうか。楽しみではあるが、「私たちはぁ~、ロシア語をぉ~、愛してるんですけどぉ~」などと話されると急に気が滅入ってしまうかもしれない。

 

(おわり)