第2回

総合グローバル学部 総合グローバル学科 教授 樋渡由美

 

みなさん、こんにちは。今日は連載第二回ということで、私の研究や私自身について少しお話ししようと思います。

 

私の専門は、日本の政治とりわけ軍事を含めた安全保障論です。博士論文では日米関係を扱いました。当時の指導教授から日米関係を一貫して研究することの重要性を指摘され、気が付いてみれば今でもその指導に基づいて研究していることを再認識し、30年以上も前のことを新鮮な気持ちで思い出しているところです。

 

私は学生の頃から、非常にできの悪い人間でした。よく大学院に入れたと思いますし、今でもこうして大学で教鞭をとり、研究を続ける立場にいられることが不思議です。30年も40年も前の自分には、国際性のかけらもありませんでした。大学一年生の時に政治学の講義を聞いて触発されたことは確かですが、そこからどうやって自分の関心を広げていくか、政治のどんな問題を考えることが面白いのか、さっぱりわからずなんとなく生きてきて大学院に進学したことを考えると、あのときもっときちんと勉強してものを考える能力をやしなっていれば今はどんなに違う人生を歩んでいただろうかとすら思います。

 

大学院に進学して、日本の政治への関心を少し発展させ、太平洋戦争への道から占領期をへて戦後復興に至る日本の政治や外交をテーマとして持つことになりました。そうはいっても、研究するということがあまりわかっていなくて、指導教授はさぞ手を焼いたであろうと、今になって思います。出来の悪い院生の指導などというとんでもない負担をかけたことを、本当に申し訳なく思っています。というわけで、大学院時代は、自分が研究職につくなどということは無理ではないか、一体どうしたらよいのだろうか、という中途半端な気持ちのまま過ごしてしまいました。

 

それでも博士論文を完成させ、初めて大学で教えるようになり、若手として2年間の在外研究を認めてもらってアメリカのカリフォルニア州にあるUCLAの政治学部で一から比較政治学や国際政治学を勉強することとなりました。しかし、このときも自分の知らないことを勉強するという姿勢でしたので、自分のテーマで徹底的に考え抜くというような経験をせずに貴重な2年間の留学を終えました。こうやって自分の辿ってきた道を振り返ると、本当に恥ずかしい気持ちというか、悔しい思いでいっぱいになります。

 

こんな情けない私でしたが、縁あって上智大学に着任することになりました。ここから私の人生に転機が訪れたと言っても過言ではありません。しばらくすると、小泉内閣のもとで防衛計画大綱の改定が行われることになって、そのための有識者懇談会(防衛力と安全保障に関する懇談会)が設けられ、どういうわけか私がそのメンバーの一人に選ばれました。後にも先にもこの一回限りですが、懇談会の委員として政府の仕事にほんの少し関わることになりました。2004年のことです。

 

首相官邸でおこなわれる定例の委員会に出席したり、防衛省(当時はまだ防衛庁)や自衛隊のことについて学ばせてもらったりしました。もともと安全保障問題を考えること自体、嫌いではなかったので、現実の政治や安全保障について考える機会をもつことができてとても幸せな半年でした。当時、自衛隊の任務が拡大する半面で、構造改革とりわけ郵政民営化で壮絶なバトルを行っている小泉首相は、防衛費も削減の対象とすることを明確にしていました。私は、量的にも質的にも今までにない任務を自衛隊に付与するのであれば、防衛費を増やしこそすれ、減らすなんて矛盾だと思いました。この考え方が、今でも私の中に強固にあって、安全保障を考える際の私の基盤となっています。

 

懇談会の仕事がおわって間もなく、上智大学から1年間在外研究の機会をもらってマサチューセッツ工科大学(MIT)に行きました。ここにはすぐれた安全保障研究プログラムがあり、ぜひ一年間そこでじっくり研究してみたいと思ったからです。陸海空の各軍種についての研究、統合運用、第二次大戦のときの戦略爆撃、レーダーの開発の意味、各種兵器の開発の歴史、アメリカの軍事予算、国防に関する制度、国防をめぐるアメリカ政治など、日本では決して学ぶことのできないことを吸収し、それまでの人生で最良の一年を送ることができました。

 

同時に、アメリカの安全保障研究(security studies)にはそれなりの体系があるのに比べ、日本には果たして確立した安全保障研究という分野があるのだろうかと疑問を持ち始めました。力の行使(use of force)というのは、何も戦争をすることだけを意味するのではありません。抑止のため、平和維持のため、災害救援のためなど、目的は多様です。持てる力をどのように用いることで、平和や安全が保てるのかを考えることは非常に重要だと思います。何とかして、アメリカとはまた異なる日本の安全保障研究の分野を確立したいと考えています。

 

昨年の平和安全法制をめぐる国会内外の議論を聴いていて、何かしっくりこないと感じたのは私だけではないでしょう。安全保障を議論する仕方そのものに少し問題があるように思えます。安全保障のどのような問題をどのような視点から考えることが必要か、小泉内閣の懇談会の経験やMITで得たものをベースにして本を書きました。『専守防衛克服の戦略−日本の安全保障をどう捉えるか』というタイトルで、2007年にミネルヴァ書房から出版されました。学界、学会と常日頃からあまりおつきあいをしないせいか、全く反響はありません。授業で使ってみても、学生の皆さんからの反応が聞こえてこないことにはちょっとがっかりしています。あとがきにも書いた通り、この本は私にとっての錨です。その意味をしっかりと書けなかったのは私が至らないからなので、今度はもっとシャープな切り口で、情勢変化に対する日本の対応という観点からあらためて本を書いてみたいと考えています。やはり私は出来の悪い人間なので、人の何倍も時間をかけないと道を切り開くことができないようです。