第3回

文学部 保健体育研究室 講師 飯田祥明

 

1回は日本バスケ界の新たなムーブメントについて、第2回では上智女子バスケ部によるスポーツ交流活動について話をしてきました。最終回である今回は、バスケットボールに留まらず、大学スポーツ全体についての話題を取り上げたいと思います。

 

【日米の大学スポーツ組織の違い】

箱根駅伝、六大学野球、早慶戦など、日本においても人気のある大学スポーツイベントは多く存在します。しかし、アメリカにおける大学スポーツの人気・規模とは大きな開きがあるのが現状です。

アメリカにはNCAA(National Collegiate Athletic Association)という日本でいう体育会組織を全米で取り仕切る団体があります。NCAAが開催する大会はプロスポーツを超える人気を博すものも多く、施設の充実度、テレビ放映の量、経済効果は日本の大学スポーツとは比較にならないほどです(参考:http://number.bunshun.jp/articles/-/813175)。例えばバスケットボール競技の場合、販売開始直後にFinal Four(準決勝・決勝)のチケットは売り切れてしまうそうです。

このように、日本とアメリカの大学スポーツには規模・経済効果などに大きな違いがあります。日本のスポーツ庁は、スポーツを通じた社会の発展に大学スポーツの振興が貢献すると考えており、「日本版NCAA」創設に向けた議論を進めています。ただし、商業とスポーツがあまりにも絡み合うと様々な弊害が起こるのは常ですし、私としては絶対的にアメリカのやり方が優れていると思っているわけではありません。しかしながら、大学スポーツに学校の知名度やステータスを向上させたり、在校生・卒業生の愛着心を高めたりといった効果があるのは明らかです。日本の大学スポーツの活発化や人気向上を実現するためには、規模を大きくしたり、奨学金、人件費、施設費に費用をかけたり以外に良い方法はないのでしょうか。

 

【大学における体育会団体の愛称】

この点で私が注目しているのが、大学スポーツ団体の「愛称」です。例えば上智大学では、アメリカンフットボール部が「Golden Eagles」、男子ラクロス部が「Sioux Warriors」、応援団チアリーディング部が「EAGLES」、フライングディスク部が「Freaks」、女子野球部が「MAMUES」という愛称を持っています。これらの団体の共通点としてまず挙げられるのが、アメリカで非常に人気の高い種目であるという点です。また、上智大学内で精力的な活動を繰り広げ、大会等で優秀な実績を残しているチームとしても知られています。因果関係を明らかにはできませんが、もしかするとチームの愛称が団体への愛着心や帰属意識につながっているのかもしれません。

上智大学に限らず、日本における体育会団体の愛称は、各団体でバラバラに設定されていることがほとんどです。これに対し、先ほど紹介したアメリカのNCAAに所属するチームは、多くの大学が共通の愛称とロゴを持っています。こういった共通の愛称やイメージキャラクターは大学の代名詞になるほどの影響力があり、大いに大学スポーツを盛り上げる一因になっていると推察されます。

  少数派ではありますが、日本にも多くの体育会団体に共通する愛称を持つ大学があります。早稲田大学の「BIG BEARS」、慶應義塾大学の「UNICORNS」などがその例です。関西大学では、体育会団体の総称として「KAISERS」を設定しています(http://www.kansai-u.ac.jp/sports/kaisers/)。これらの愛称は単に「強そうだから」というだけではなく、それぞれの大学のモチーフをもとにしていることが多いようです。例えば早稲田大学の場合、創設者の「大隈」重信氏から着想を得ています。仮に上智大学で体育会団体共通の愛称を作るとしたら、校章や公式キャラクター「ソフィアンくん」にも採用されている鷲に関連する名前になるのでしょうか。

当然、すでに愛称を持っているチームにとっては統一が喜ばしいことではないかもしれません。ただ、近年人数減に悩む団体も多い大学体育会組織全体のことを考えると、統一愛称によるイメージアップは1つの打ち手として有効かもしれません。

【おわりに】

これまで3回に渡って、バスケットボールや大学スポーツに関する話題を紹介してきました。3回の内容で共通して伝えたいことは、どんなカテゴリでもスポーツを普及・発展させるためには、競技自体に力を入れるだけでなく、どのようにして親しみや憧れを持ってもらうかといったイメージ戦略にも重点をおく必要があるということです。

また、日本では歴史的背景からどうしてもスポーツを「体育教育」と結びつけてしまう傾向が強く、楽しむことよりも真面目さや勤勉さそして人間的成長を求めてしまいがちです。我々日本人ももう少し、スポーツが持つ本来の意味である「楽しみ」「気晴らし」に立ち返って、自由で豊かな発想でスポーツの普及・発展を進めていく必要があるかもしれません。