第1回

「民主主義ってなんだ?」

 

国際教養学部 国際教養学科 教授 中野晃一

 

「これだ!」と思わず心のなかでつぶやいたあなたは、昨年の夏、違憲の安保法制に反対する国会前の抗議行動に参加したことがあるか、あるいは少なくとも、関心を持っていたか反発を感じていた人でしょう。このコール・アンド・レスポンスは、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)が取り入れ、広く知られるようになったものです。もともとは、2011秋から冬にかけてニューヨークで起き、全米そして世界各地に広まった「ウォール街を占拠せよ」(Occupy Wall Street)運動で、”Tell me what democracy looks like” “This is what democracy looks like”と繰り返し叫ばれたのが始まりです。

 

「え、民主主義って、選挙で選ばれた人たちが政府や国会で政策や法律を決めていくことじゃないの?それに反対してデモをやるなんて、おかしくない?」って反応する人、若者や学生も含めて日本には少なくありません。

 

明治以来、「官」による支配に慣れきって今に至る日本では、「官」(政府)ないし「お上」にたてついた途端に「政治的に偏向している」「政治を持ち込むな」と非難されかねない風土が残っていますが、政府のやることが政治的に中立的(偏向していない)と思い込むほうが、グローバル・スタンダードから外れていて、実はよっぽど奇妙です。ましてや「一見極めて明白に違憲無効」と圧倒的多数の憲法学者や法曹関係者が認め、これまた大多数の有権者が違憲と考える安保法制を強行した政府が政治的に中立なわけがありません。

 

「それはそうだとしても、選挙で勝った政府なのだから、邪魔をせずにやりたいことをやらせて、それでも気に入らないなら、次の選挙で負かして政権交代を起こすのがスジなのでは?」と思う人もいるかもしれません。民主主義を選挙という「手続き」あるいは「ゲームのルール」と解する立場からよくある反論です。

 

しかし日本国憲法には、日本国民に主権があると明記されています。だとすると、選挙の時だけ国民が主権者となって、それ以外の時は政府や国会に主権を譲らなくてはいけない道理がありません。本人(principal)・代理人(agent)という関係が、選挙を通じて国民(本人)と政府ないし国会議員(代理人)との間に生じるのだと仮定しても、代理人が本人の意に反して暴走するようになったら、本人が出てきて代理人を制するのは当然のことです。

 

ところでSEALDsは、「賛成議員を落選させよう」や「選挙に行こうよ」というコールも繰り返していました。公共空間の「占拠」(occupy)だけでなく、「選挙」にもかかわり投票に行こう、ということです。どちらかしかやってはいけないわけではありません。私たちが主権者であることに途切れはないし、民主主義は止まらないのです。